レースリポート
水上に咲く百恵ちゃん、ボートレーサーへの道
2026.01.12
みなさん、こんにちは。
栗原里奈です。
2026年も引き続き、ピックアップヤングのコラムをよろしくお願いします⭐︎
さて、早速ご紹介するヤングレーサーはこの方!
登録番号:5019 静岡支部 121期 柴田百恵選手。
艇界の「百恵ちゃん」として親しまれる柴田選手。みなさまもお気づきでしょう。やはり
このお名前はお父様が大ファンだったという国民的アイドル・山口百恵さんから由来され
ているんだそうです。その名に恥じない走りで水面を駆け抜ける柴田選手の姿は多くのフ
ァンを魅了しています。
柴田選手の学生時代は音楽と共にありました。小学校では金管バンド部でトランペット、
中学・高校では吹奏楽部でクラリネットを担当。特に進学した高校の吹奏楽部は、全国的
にも知られる“厳しさ”で有名だったそうです。学生時代の活動については、「見ている
方々が感動してくれることがうれしいですし、練習から本番までの努力の過程も好きでし
た」と話し、結果だけではなくそこに至るまでのプロセスも大切にしていた様です。
そしてまさにこの時代に培った姿勢が、後のボートレーサーとしての資質を形成していっ
たのではないでしょうか。
そんな柴田選手、ボートレーサーを目指すきっかけは中学3年生の時。地元のボートレー
ス浜名湖で、ボートレース好きのお父さまとレースを観戦。その際に、鎌倉涼選手が華麗
なまくり差しで優勝を飾ったシーンを目の当たりにしました。そこから意識し始めた将来
の職業。
「小柄な体格がボートレーサーに向いているのじゃないか」とお父さまからも勧められ、
心は決まったそうです。
しかし、養成所の試験は決して平坦な道ではありませんでした。1回目は1次試験で不合格
。2回目は3次試験まで進んだものの、面接で気持ちが揺らいでしまい不合格。そこから半
年間、柴田選手は自分と向き合う時間を持ち、ノートに思いを書き出し、「なぜボートレ
ーサーになりたいのか」という問いについて真摯に答えを出しました。
そして3回目の挑戦で、ついに合格。高校2年生だった柴田選手が養成所入所を決めると、
吹奏楽部の先生や友人たちは自分のことのように祝福してくれたそうです。
当時16歳での入所は最年少であり、体力面での厳しさは想像を絶するものだったそうです
が、持ち前の粘り強さと忍耐力がそれを乗り越える原動力となりました。
そして2017年11月14日、17歳で121期生として静岡支部からデビュー。当時は最年少レー
サーとして大きな話題を呼びました。翌年2018年5月9日、平和島G3レディースカップで初
勝利の水神際を達成。4号艇からの差しで1着を決め、3連単配当は17万円超の特大万舟と
もなりました。
デビュー当初は4点台の勝率が続き、思うような結果が出せない時期もあったそうですが
、師匠である芹澤克彦選手や静岡支部の先輩たちに励まされ、徐々にレースへの意識が変
わっていきました。特に静岡支部のレジェンド、服部幸男選手からの助言は大きかったそ
う。「外から良いレースをするから勿体ない」という言葉が、柴田選手の成長のきっかけ
となったそうです。
2023年5月には初の準優勝戦進出を果たし、2024年前期には勝率5.47を記録。デビュー12
期目にして念願のA2級に昇格を達成!同期の川井萌選手、刑部亜里紗選手と共に「静岡3
人娘」と称され、静岡支部の女子レーサー躍進の一翼を担っています。
そして、2024年のG2レディースオールスターではファン投票38位にランクイン。名前の由
来となった山口百恵さんの「プレイバックpart2」を歌いながら恒例のボディコンスーツ
でパフォーマンスを披露しました。その明るさとサービス精神がファンからの支持を更に
集めた様です。
また憧れの鎌倉涼選手の影響で食生活にも気を配るようになり、毎朝野菜たっぷりのスー
プを作るなど健康志向が強まったという柴田選手。
その憧れの鎌倉選手は、昨年レディースチャンピオンとクイーンズクライマックスの二冠
に輝き、更なる高みへと進みました。
いつか同じ舞台へ!
柴田選手は今も自問自答のノートを続けているそうです。自分で問題を設定し、自分で考
え、自分で採点する。「凡人だけれど、愚直にがんばれるのが私の素質」、そう語る柴田
百恵選手は、まだ優勝のタイトルを手にしていないものの着実に力をつけています。
水上を駆け抜ける「百恵ちゃん」の挑戦は、まだまだ続くことでしょう!
ぜひ今後の活躍にご期待ください。














